大峰ケ台遺跡

えひめけんまつやましみなみえど
愛媛県松山市南江戸

 松山総合公園となっている大峰ケ台丘陵の頂上には、現在、展望台が整備されています。この標高120mの頂上から南斜面にかけて、今からおよそ2,200年前(弥生時代中期)の集落が発見されました。集落は大きな円形や小さな四角形の竪穴住居や掘立柱の倉庫で構成されていました。斜面に立地しているため、これらの住居や倉庫の上の斜面には、溝を掘って雨水の被害を直接受けないような工夫がされていました。出土品には、石庖丁・石鏃・石斧・土製勾玉などがありました。

 西日本では、弥生時代の後半に高い山や丘陵の上に住む人たちがみられます。「魏志倭人伝」に、この頃の日本では各地で戦いがあったと記されていることから、山の上の「むら」は戦いに備えた見張りのための場所、また狼煙(のろし)など通信のための「むら」ではないか、とも考えられていますが、その村には戦いのための武器などはなく、平地の集落と同じ道具を使って生活していました。